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欧州中央銀行の舞台裏

危機の人 ジャン=クロード・トリシェ

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 フランス大統領選挙が一年足らずに迫ってきた。フランスでは他にも2017年に総選挙など重要な選挙が相次ぐ。大きな選択を迫られる一年を目前に控えた今、新たな視点から権力の中枢に迫ってみたい。第一線を退いたあとも公的な場で発言を続ける人、有権者に選挙で選ばれた現役の議員、政策決定に裏方として携わる人。現代ではそのいずれもが、行動や言論をとおして、政治的な役割を担っていると言える。第一回目の証言者は、前欧州中央銀行総裁のジャン=クロード・トリシェ氏。70歳を過ぎたトリシェ氏がフランスの財務省国庫局長や中央銀行総裁を経て、欧州中銀のトップにいたるまでの道のりとは——。 

取材・文 セザール・アルマン (本誌記者)

 

「危機を抜きにして、わたしの経歴は語れません」。トリエシェ氏は席に着くなり、こう切りだした。今年9月15日、フランス中央銀行の歴代総裁専用オフィス。雷の鳴る悪天候にもかかわらず、思い出にひたって笑顔をこぼした。

 

 長らく裏方にいた人だ。1978年、ヴァレリー=ジスカール・デスタン大統領のもとで大統領府の一員になり、経済顧問、産業、情報通信、交通、研究開発の担当補佐官を務めた。「当時は大統領府に今ほど人がいなかった時代。一人一人の役割はかなり大きなものでした。」

 

 トリシェ氏にとって、欧州はすでに仕事の中心だった。「とりわけ欧州全体を左右した政策をひとつ挙げるとすれば、航空宇宙産業です。エアバスはまだフランス、ドイツ、英国、スペイン四カ国の企業による連合体のままでした。商業分野で欧州レベルの政策が大きく動き出したのがこの時代です」。旧西ドイツ保守派の代表的政治家でバイエルン州首相だった故フランツ・ヨゼフ・シュトラウス氏の名を挙げて、ドイツ側から受けた支援にも言及した。

 

 当時は仏独両国が主導した欧州政策を実現することに力を注いだという。ジスカール・デスタン仏大統領とヘルムート・シュミット西独首相、二人のリーダーは欧州への思いを共有していた。「二人のイニシアチブがあったからこそ、為替レートの変動幅を一定の範囲に安定させる欧州通貨制度の創設が実現した。国家元首と政府のトップが定期的に集まる欧州理事会ができたのも、この二人がいたおかげです。」

 

 他方で、欧州にはこの時期、つぎつぎと危機が訪れた。難局への対処を迫られたのが、国立行政学院を出てエリートとして歩んできたトリシェ氏だった。「とても難しい時代でした。同時に、危機のときにしか表に出てこないさまざまな現実を目の当たりにした時代でもあります。」

 

 1985年から93年には、途上国の債務問題を協議するパリ・クラブの議長を務めた。その後は2011年まで、仏中央銀行、欧州中央銀行のトップを歴任した。合計で30年以上にわたって、「フランス国内や加盟国の政治的利害がからむ欧州政策を実行に移す責任を負ってきた」。

 

 欧州中央銀行総裁の任期中に起きた世界金融危機から間もなく10年になる。「前例のない危機だけに、対応策をその場でひねり出していくしかなかった」。その危機を乗り切ったことは、欧州連合(EU)が機能している証拠だという。「類を見ない金融危機に直面して、欧州共通通貨のユーロの強さが証明された。EUそのものも、考えられていた以上に強固であることが明白になりました。」

 

 当時広がった悲観的な議論には反論せずにはいられない。「世界金融危機の当初、ユーロは持ちこたえられないという見方が広まったことを覚えているでしょう。ところがリーマン・ショックが起きても、当時加盟していた15カ国はユーロ圏に残りました。そこにはギリシャも含まれます。」

 

 一方で、現在と過去の難局の違いも指摘する。「スロバキアとバルト三国が加盟して、ユーロ圏は今や19カ国に拡大しました。EUの成功をはかるもの差しは、通貨から中長期的な成長と雇用の確保に移っています。」

 

 仏中央銀行で総裁を務めていたころには、仏通貨のフランからユーロへの移行を指揮した。心に残っている出来事が二つあるという。一つ目は1999年1月、ユーロが各国の通貨に代わって銀行などの決済通貨として導入された時のことだ。「ユーロ圏加盟国の金融市場を一つにするのは、技術的に大きな挑戦でした。うまくいったのは、フランスをはじめ加盟国で現場の人たちが奔走したおかげです。なかでも仏中央銀行の職員たちの仕事ぶりはめざましいものがありました。」

 

 その3年後、ユーロは一般の人たちの間に流通し始めた。「市民にとっては感動の瞬間だったでしょう。それまで硬貨や紙幣は変わっておらず、自分たちが共通の通貨を使っている実感はなかったでしょうから。一つに統一された通貨は、欧州のつながりを一気に深める象徴になったのです。」

 

 その段階でもなお、技術的な課題は相当残っていた。「紙幣と硬貨を流通させることは、平時としては最も難しい国家事業なのです。」

 

 ところで近ごろ、ユーロ圏に共通の財務相を置くというアイデアをよく耳にする。トリシェ氏はこの議論について、どう考えるのか。「ユーロ圏の運営にとってカギとなるのは、経済、予算、財政の面でガバナンスを機能させること。そのために経済財政の問題にフルタイムで専念できるユーロ圏共通の担当大臣と職員を置くことには意義があります。」

 

 ただし、民主的な手続きをないがしろにしてはいけないともいう。「とりわけ大きな決断をくだす際、例えば、ある国とEUの間に生じた争いの解決が必要な場合には、欧州議会が加盟各国の議会と緊密に連携して最終的な決定をくだすべきです。」

 

 欧州議会を重視する理由に三つの点を挙げる。「まず、係争を解決するためのEUの意思決定プロセスが明確になり、従来のように行き当たりばったりの首脳会談をくり返す必要がなくなります。二番目の理由としては、係争にまで至るのはあくまでも例外で、EUと加盟国との間で権限の分担を定めた補完性の原理は守られるだろうということです。最後に何よりも大切なのは、議会が最終的な決定権を持てば、意思決定のための民主的なプロセスが完全に保証されるからです。」

 

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